きらきらしたものを集めたい。

主にジャニーズ、たまにアイドル。/絶賛事務所担進行形 → 主にK-POP、たまにジャニーズ、たまーーにアイドルへ移行→主にLDH、そこそこK-POP、たまにジャニーズ、ちょっと坂道に移行したみたい。。

二十祭という奇跡と軌跡とキセキ。

2024年12月7日、福岡ドームにいた。スタンドの下の方、正面少し下手寄り。メインもセンターもバクステもよく見えるとてもいい席だった。それなりの期待値を持って、でもあまり期待しすぎないようにした方がいいと言いながら、開演まで母とこれまで見てきたツアーを振り返っていた。

47都道府県ツアーの東京ドームで初めて関ジャニ∞のライブに行った。そこから関ジャニ∞としてのツアーは全部見てきたけど、RE:LIVEだけ途中で中止になったから当選してたのに行けなかったのがやっぱり悔しいね、って話とかをしていた。

オープニングは浪速いろは節から。一言めからまさかの横山さんが泣いて歌えない。多分そこで涙腺がぶっ壊れた人はずっと泣いてたと思う。派手な袴が成人式だからというのは後々知ってなるほどとなった。ザヒット曲を繋いでいくいいオープニングのブロック、関ジャニ∞の文字を背負っていたことに何の違和感も感じていなかったタイプ。特効服羽織ってミニバイで花道を走り、いいね~となる。

VCRで懐かしのプリンを持ち出してきて、小ネタにも歴史詰め込んでくれるのイイネ!と笑っていたら電話が鳴り映像の空気感が変わり「あのイントロ」が鳴り響く。その瞬間にドームがざわめく。ハンガーに掛けられたスーツの映像の辺りで誇張なく客席の全員が固唾を飲んだ。そしてひとりのシルエットからGUMのお面が明確に映った瞬間にドームが揺れるほどの悲鳴。私ですら悲鳴をあげた。そしてスーツの5人がステージにスライドアップで出てくる。モニターに映し出された5人、そして大写しになる横山さんの手元のタバコを認識した瞬間に先ほど以上の悲鳴が響く。地鳴り。あの伝説の8UPPERSのJackhammerの演出を再現したこと、タバコを投げ捨てる役を錦戸さんから横山さんに引き継がせたこと、数秒の間にとんでもないエモさをステージからぶつけられ、言葉通りに発狂してしまう。ちょっと意識飛んじゃいそうなくらいに興奮した。とんでもない興奮から、続いた曲が浮き世踊リビト。ギャーと声を出した。そしてアカイシンキロウに続く。えっ?えっ?ホントに?てなっていたらモノグラム。もう夢列車の辺りは「これは現実???夢???しんじゃうの???」となっていた。そこからAmbmBitiousコーナーを挟んでくれてよかった。少しクールダウンさせてもらえないとどうにかなっちゃいそうだった。

そしてAmBitiousが引き上げて次は何?と構えたらセンターステージでKicyu。また悲鳴。とはいえオッケーユニット曲ね、と心構えしたら「だってアイドルだ~もん~」とバクステに出てきたオオクマとパジャマの大倉さん。「ハ?????」とまた大きな声が出る。当時大倉さんのソロコンは当たらなかったので16年越しで初めて見る。40歳手前にして「だってアイドルだもん」を歌うと決められる、自分で自分の首を絞められる男ということに震えた。そのままユニットが続くことはなく、ギターを抱えた安田さん、丸山さんが登場。残っている2人から、何をやるか分かる人*1はもう出てこなくても発狂しているのに、ここで1回オアズケを食らわせる恐ろしい人。

バンドセットでの1曲目にDo you agree?なのが素晴らしい。強情にGO!だってもういつぶりか分からない。*2そしてバクステに集まり始まるのはHeavenly Psycho。アレンジされていないノーマルなHeavenly Psycho。私にとっては大倉さんを知った原点の曲。バクステで見られてとても嬉しかった。そこからトロッコでメインステージに戻りながらワッハッハーからイツマイクルマジ*3。この辺の曲はトロッコ曲のイメージが強いからとてもいい。自然と手の振りが出てくる。

MCからそのままアコースティックverで10年後の今日の日も。もう5人でのアコースティックverにも何の不安もない。

MCからの後半戦、また再び懐かしの時計の音。∞ o’clock 08から前向き、四十路少年へと続く。個人的には穏やかなテンションで見れるゾーン。

そしてメンバーが下がり空気が変わり突然始まるYOU CAN SEE。すっかり油断したタイミングでぶちこまれてまた悲鳴に包まれる。PUZZLEで披露されていたとはいえ、京セラでしか披露されていないので初見。17年見てきて初見の曲が2曲もくるなんて思ってない。ざわめきが収まらないうちに響くあの「水が落ちる音」でまた悲鳴があがる。またもやあの伝説の………???というざわめきから、始まったのはダンスパート。緊張感のある旋律のなかで美しく踊る少年。初日は踊っているのが誰かまで全然思考が至らなかった。ドーム中がしばらくの間、集中力をもってダンスを見守る。美しく舞う少年がすっとステージから消える。そして改めて流れだすWaterDropのイントロとメインステージに広がる水の演出。また悲鳴。でもJackhammerの時のような地鳴りではなく、もっとヒェ~~~と泣き崩れるみたいなテンションだったように思う。少なくとも自分がそうだった。中盤でセンターステージに向かう花道に水のアーチがかかる。そのなかで踊る姿をまた見られる日がくるなんて…と夢見心地だった。そしてセンターステージに移動してそこからWASABI!私にとって、たぶん多くの大倉担にとっても、あの美しい金髪サラサラストレートの大倉さんが踊る姿が世に残ることがなかったトラウマ案件な元気が出るライブの象徴の1曲だと思う。WASABIからまさかのソリソリ。こんな後半にきて皆がっつり踊る。本当に当時よりしっかり踊ってるくらいしっかり踊る。それだけでもうありがたすぎた。

そして暗転。メインステージの真ん中にはグランドピアノ。村上さんのピアノソロが始まる。夏のツアーからピアノソロが入っていたけど、やっと村上さんもピアノと仲良くなってきた。多分ずっと役割ではあるが好きではない、だったピアノ。清塚さんのおかげなのか、本当にこの1年くらいでぐっとピアノと心が近づいた感じが音に出てる。真摯で丁寧なピアノソロから始まるロマネスク。ピアノを囲むメンバーの表情が優しくて誇らしげでとてもよかった。大阪ロマネスクはずっと愛されてきた曲でずっと大切にされている曲で、関ジャニ∞の象徴の1曲だけど、ファン以外は全く知らない曲。だからこそ大切な曲。水の演出も含めとてもよかった。

ここで本編が終わっても誰も文句はなかった。だけどここでは終わらなかった。準備されていくバンドセットに「え、まだ続く???」と驚く。そしてツブサニコイ。過去のバンド曲をやるということは横山さんがギターを弾く曲が増えるということ。本当にものすごいエネルギーを必要とする。それをライブの後半にぶちこんでくる。そしてHigh Spritsに続く。そんなんブチアガってしまう。High Spritsがきたら象からのフェスセトリの流れは想像がついた。想像がついたとてブチアガる。最後にLIFE。「まだまだ終わらないから」の歌詞が本当に響く。

そしてメンバーの挨拶。村上さんは清々しい顔で「音楽が楽しいと思えることが嬉しい」と語り、大倉さんは涙を堪えながら「グループ名を言っちゃいけないみたいになって悔しかった。今日で成仏できた。」と語っていた。泣くのを堪えるためにでかい声でワハハハハて笑っててよかった。横山さんはもうずっと泣いていた。歌詞が刺さるようになった、という話をしていた。関ジャニ∞は恋愛ソングももちろんあるけれど、生きることを歌う楽曲も多い。そして前向きな楽曲だけではない。それが昔から好きだ。そしてLIFE GOES ONで本編が終了。

本編だけであまりにも内容が濃すぎて、現実とは思えなくて、もう走馬灯すぎる………となっていた。

アンコールは懐かしい衣装であることはなんとなく分かったけど何の衣装かは理解できなかった。フロートとトロッコの移動で詰め込みまくった12曲のメドレー。12曲て。久方ぶりの関風とかレイニーとかたまらなかった。最後の軌跡とキセキで本当に全てを回収して終了。ドームからの帰り道はずっと地面から数cm浮いてるのではというくらい母と二人で弾みながら「来て良かったね」「見れてよかったね」「すごかったね」と言い合いながら帰っていった。

 

二十祭の感想文を書こうと思ったときに、振り返って冷静に書くことより、いつも以上に読みにくくなっても、初日のあの興奮をぐちゃぐちゃに残しておきたいなと思った。多分人生であれ以上の興奮を覚えることはもうない。それくらい興奮したし、幸せだった。「愛される準備出来てるかー!?」と安田さんが冒頭から言っていたけど、確かに愛されているという実感が出来るライブだった。ステージに立っている5人がファンを愛してくれているし、メンバーを愛しているし、スタッフを愛しているし、関ジャニ∞だったメンバーを愛している。そういうライブだった。

何より、ワイドショー取材をオーラスまで入れなかったことが本当に愛だと思う。東京ドーム公演で取材が入り、ツアー中盤でもう映像が出ることが当たり前になりがちだけど、やっぱり映像からくる情報は文字情報よりもネタバレとして圧倒的な情報量になる。二十祭なんてネタバレを踏んで行っても興奮することは間違いないけれど、ネタバレなく見る方が1000倍楽しい。オーラス翌日に一気にワイドショーや各種メディアで映像や写真が放出されることによって、また二十祭の余韻がマシマシになるという効果もあった。そして、御堂筋線ジャックの写真も即二十祭の写真に差し替えていくという粋なことをする。そしてそれをWeb上でちゃんと見れるようにしてくれる。*4なにそれ愛しかない……になってしまった。

20年経って、改めて彼らの核は「音楽」であると全員が一致している今がとても嬉しい。ツアー平均で3時間半以上の公演にパンパンに楽曲を詰め込んでくれた。メインボーカルだったメンバーがいない今、過去の曲をやるにはほぼほぼ歌割りを全てやり直す必要がある。そして当時よりも真摯に踊り、バンド曲も増やす。この二十祭に際しての横山さんの労力たるや……

二十祭でエイトレンジャーをやっても誰も文句はなかっただろう。だけど彼らはそれを選ばなかった。ひたすら自分達の音楽とライブに向き合って作ってくれた。それがひたすら嬉しい。音楽が5人をしっかりと繋いでくれている。村上さんと横山さんが音楽を楽しんでいるということが嬉しい。

見続けてきてはいるけれど、心が離れた時期もあるし、今も決して熱心に追ってるわけではないけれど、それでもやっぱり今は彼らのファンだと思う。ずっとそこまで熱心に追っているわけではないので、福岡、東京、京セラ、1つのツアーで3箇所行くというのは初めてだった。二十祭だし、次いつドームをやるか分からないし、なんて言って行くことにしたけど、本当に行ってよかった。これからのライブがどんなサイズでもいいけど、またドームで見たい。

福岡初日の後にFNS歌謡祭でハリケーンベイベが岡村ちゃんとのコラボで披露され、それはもうとても最高だった。関ジャニ∞の楽曲だけでなく、SUPER EIGHTとしての楽曲も素晴らしい楽曲達が生まれ続けている。なんと幸せなことだろう。確か村上さんが「SUPER EIGHTとしての歴史の方が長くなるように」と語っていたけれど、本当にこれからのSUPER EIGHTの音楽も楽しみだなと思える。ただひたすら無理なく、楽しく、音楽を続けてほしい。音楽を愛するアイドルでいてほしい。ありがとう関ジャニ∞。これからもよろしくSUPER EIGHT。

*1:わたしは全然そこに思考が至らなかった人

*2:2008-2009のカウコン以来らしい

*3:イッツマイソウル、Cool magic city

*4:https://infinity-r.jp/pr/midousujack/20station/index.html

商店街の先にあるのは小さくて深くて広い沼。

毎年のように足を突っ込んだ新しい沼の話を書いているけれど、また今年も新しい沼の話を残しておきたい。

 

韓国へ飛びまくっていた友人が急に髙橋海人くんに沼落ちし、2022年は急に国内のドームへ飛びまくるようになった。そして、それが落ち着いたと思ったら、2023年は大きなドームではなく、地方の「小屋」や「センター」と呼ばれるところに足しげく通うようになった。

お目当ては大衆演劇。もちろん聞いたことはある。その昔関ジャニの特番で丸山さんがちょっと体験したりもしていた。しかし自分のカルチャーとは遠いところにあるものというイメージだった。

忙しくしている友人とたまに会って話を聞いては、また随分すごいところに足を突っ込んだんだなぁと、わりとヒトゴトとして聞いていた。後の自分が見えていないおたくのよくある光景。

2023年の11月に初めてその現場に足を踏み入れ、そこから4月までの半年間を経て、自分も間違いなくおたくとして「仕上がった」としか言いようがない状態になった。

 

まずざっくりとした現代の大衆演劇の仕組みとしては、日本の各地に大衆演劇の専用劇場があったり、スーパー銭湯のなかに宴会場を兼ねた劇場があり、そのそれぞれの会場で1つの劇団が1ヶ月間公演を行う。

公演の形態は会場によるけれど、毎日昼夜2回公演を行うことが多い。公演は芝居と舞踊ショーの2部構成が基本。芝居は歌舞伎を元にした狂言から落語や小説、映像作品などかなりいろんなところから作られたり、座員がオリジナルで芝居を作るところもある。舞踊ショーの動きは日本舞踊をベースにしていて新日本舞踊と呼ばれたりもするらしい。曲は幅広い曲を使う。そして毎日違う芝居、違う舞踊ショーをやる。会場によっては全公演変える場合もある。常設劇場で毎日公演を行うようなやり方をするアイドルもいるけれど、「毎日違う演目をする」というのは聞いたことがない。

2部構成の場合、お芝居が1時間半くらい、合間に口上挨拶があり、場合によっては役者本人たちが前売り券を売ったりもして、休憩を挟んで舞踊ショーがまた1時間から1時間半くらい。シンプルに興業として1公演が長い。

その上で送り出しと呼ばれるお見送り文化がある。*1別にアイドルの特典会のように参加するために別途費用はかからない。劇団によりルールが決まっており、2ショットを含め写真撮影OKなところや、グータッチのみというところなどがある。

約3~4時間の公演を見るための費用は形式が会場や公演により異なり、入場料は大体2000円程度で、別途予約席の席料や座布団や座椅子を借りる座布団代などが数百円かかったりする。センターと呼ばれるいわゆるスーパー銭湯の場合は入館料のみ。昼夜あってもどちらも入館料のみ。席の予約をしていれば席料が別途かかる。まぁ何せよライブやいわゆる舞台と比べたら安すぎる。

席の予約システムはあるが、当日席用の分は残されていたり、補助席が作られたりするので、よっぽどでない限り入場できないということはない。当日フラッと寄っても見られる。しかもほとんどの劇場では芝居が終わっている状況であれば、ショー割という割引がある。手軽な価格で毎日見られるシステム。まさに大衆演劇だ。

舞台に立つのは歌舞伎や宝塚のようにどちらかの性別に限られているわけではないので、男女混合。割合としては圧倒的に男性が多いが、女性が座長として劇団を率いていることもある。男性が女性の役をやることもあるし、女性が男性の役をやることもある。舞踊でも同様に男女どちらもやる。これがまた面白い。

客層としては、やっぱりご高齢の方が多い。でも思っていたより幅が広い。親子二代、三代で来ているご家族も多い。そしてほぼ女性客。男性客もいるが、やっぱりご夫婦とか、女性と連れ立って来ている方が多い。

 

 

こういろいろと書いているが、意思を持って書いていない文化もいくつかある。大衆が通いやすい形式でありつつも、オープンなSNSで詳細を語るべきでない文化、ローカルルール的なものが存在している。そういうものをある程度守ることが出来る人たちが築いてきた世界。

多くの劇団で舞踊の写真撮影はOKでも動画撮影は不可*2であること、写真も劇団によっては一部を除いてSNS掲載不可というルールなど、「みなまで言わせるな」のゾーンがある。SNSで全世界に門戸を開いて新規客を取り込む、というのは向いていない。明文化されない部分を理解できる人を既存客が連れてくることで続いてきたんだろうと思う。やっぱりオフラインの口コミが1番精度が高い。

個人的にはそこがまた面白いなと感じている。SNSで出来る限り情報開示して新規客を獲得してナンボの時代に、SNSには最低限の情報しかないのに、現場には処理しきれない情報量がある。SNSが主戦場ではないこの沼をカウンターカルチャーとして受け止めている。

 

初めて足を踏み入れた会場は立川にあるけやき座という劇場。200人入れるかどうかという劇場だけど狭いというよりは小さめの公民館のような場所で作りは思ったよりゆったりとしていた。

まず何よりも距離の近さと情報量に混乱した。お芝居も情報量は多いのだけど、舞踊ショーの方は特に情報量が多い。

さっきまで侍役でお芝居してた人が、美しい着物と美しいカツラと美しいメイクで女形で踊っている。そして女形で踊っていた人が数曲後には男役のメイクに変わりまた違うカツラとまた違う着物で踊っている。人によっては5回以上仕様を変えて出演してくる。そのどの衣装もしっかりとしたもので、しっかりとカツラを合わせていて、その情報量にまずクラクラした。裏に用意されているものはどれだけ???となる。そんなことを思いながらも真横の通路を役者達が練り歩く。あまりにも近い。

曲はほぼ途切れることなく続き、演歌や歌謡曲から最近のJ-POP、K-POPも使われる。この曲でこんな風にパフォーマンスするんだ??とかそういう面白さもある。個人で踊るだけでなく、2人、3人、全員で踊るものもある。それぞれにあるケミ*3なども友人から耳打ちされる。

そして舞踊は写真撮影可能。堂々とマスター*4ごっこして撮るという楽しさがまたある。初回から500枚くらい撮っていた。

いや、情報量多すぎるとなるが、大量の情報をぶちこまれた数時間が終わった後の疲労感は大変に心地よかった。

面白いほどにヴィジュアル系、プロレス、地下アイドル、ジャニーズ、K-POP、さまざまなこれまでの自分のおたくとしての趣味趣向が大衆演劇の舞台の中に繋がってしまう。後々に自分が誘った友人も口を揃えて「わたし、こういうの好きだった」と自分の中のナニか繋がっていて面白かった。

 

11月は前売り券が余ったり、自分の予定が飛んでしまったり予約席が余ってるという時に誘われて行っただけだけど4回見に行く。12月はその劇団がたまたま家の近所にある篠原演芸場(全てにおいて最高の劇場)での公演。誘われて行き、誘われてなくても仕事帰りに寄り10回見に行く。劇場としての居心地のよさ、内容の濃さがすごくて、1月のチケットをすぐに抑え始める。1月はザ演芸の街、浅草の木馬館での公演。ローチケでの販売もあったので、前述の通り主に自分でチケットを手配して19回行く。

そのあたりで「もうこれは完全に沼のなかにいるな」と自覚をして、通いだした劇団のFCに入る。

そして2月からその劇団は都内から離れ、2月は埼玉県*5、3月は茨城県*6のセンター公演になった。劇場とは違う宴会場で飲食をしながら見る舞台。ご飯を食べながら舞台を見て、風呂にも入れる。娯楽として最高すぎない?立地として、駅近か駅からは離れた国道沿いか、などにより通いやすさはかなり違いが出るのだけど、劇場とは違う快適さがあり楽しかった。3月には劇団のファンミーティングというイベントにも参加したりもする。座員とコミュニケーションを取れる機会なのだけど、座員側から「見知った顔」として扱われていることを改めて実感する。

そして4月は再び篠原演芸場。推しとなった劇団が関東で公演する最後の月。半年間の関東での公演の総仕上げとして気合いを入れてほぼ毎日特濃な演目でやり続けますよ、という月。見れる限り見るという心持ちで、全日程行った。平日は仕事帰りなのでショーだけの日がほとんど、週末も日によってはライブがあったりしたのでライブ終わりに夜公演のショーだけ、というやり方だったけど、全日程行くというのは多分自分の長いおたく人生でもやったことがない。元々体力がないので、あまり無理な現場スケジュールを組まずにやってきたけど、ここだけはやらないと後悔するな、と思って通った。結果的に、序盤で消化器が悲鳴をあげたりして会社は休んだりしつつも最後までやりきれた。1月から現場に行く頻度を高い状態でキープしたことによって、この年にしておたくとしてまた筋肉がついたらしく、現場量を増やしてもやれるようになった。おたく筋も筋トレで増やせるということを実感する。

 

そんな感じで、半年でゼロからおたくとして筋肉を増して仕上がった。

今は推し劇団が関西のターンになったので、推し劇団だけでなく関東で公演しているいろいろな劇団を見ている。見たいときにフラッと見に行けるのが大衆演劇の良いところなので。

それこそ座員構成が10人以下も多い小規模組織なので劇団ごとに本当にカラーが違うから面白い。肌に合う、肌に合わないもはっきりある。

距離感が近いからこそ、見た目が美しいから感動するということでも、いいものを身に付けてるから素晴らしいということもなく、そこに芸に対しての熱量がなければ面白く感じられないというのを実感している。

劇場やセンター(スーパー銭湯)という場所が、これまであまり行ったことがない場所にあるのも楽しい。ライブでの遠征も同じ醍醐味なんだけど、知らない土地に行く機会を与えてもらえている。これまで行ったことのない街はもちろん、行ったことのある街でも商店街を抜けた先にあったり、住宅街の中にポツンとあったり、ホールやライブハウスの立地ともまた違う立地の面白さがある。

そして、各劇場がまたそれぞれ違う良さがあったり、難しさがあったりするのが面白い。篠原演芸場は本当に小さな新橋演舞場みたいな感じのいい作りで、何よりおにぎりが美味しい。炊き立てのご飯にほぐした焼き鮭や唐揚げをドンと入れたおにぎりがなんと150円で食べられる。篠原のおにぎりを食べるためだけに大衆演劇を見に行ってもいいと思う。基本的には家の近くの劇場やセンターにしか行かないお客さんが大半なので、それぞれの土地で空気感が全然違う。浅草の木馬館については、浅草観光にきた海外の方が多いのでまたリアクションが違って面白い。

まだまだ見始めたばかりで大衆演劇のごく一部の劇団しか知らないし、歴史についてはほぼ知らないし、一部の面しか見れていない。まだまだ沼は広いし深い。そして、大衆演劇を通じてまた演歌や歌謡曲はもちろん、歌舞伎や宝塚、地域の神楽など様々なカルチャーへの興味に繋がっていく体感がある。すでに歌舞伎座へ行き、宝塚の公演の映像を見た。

 

推し劇団、そこでの推しについて具体的に書く気はないけど*7、どこの沼でも通う上では箱として推せることがまず第一。全員好き、じゃないと数を重ねられない。成熟した芸をもつ人の素晴らしさはもちろん理解しているんだけど、そういう人より「化けるかもしれないし化けないかもしれない」という状態の人がやっぱり推しで、なお「そのジャンルで王道でないところ」を好きになるんだな、という実感がある。あとは性別に関わりなく好きな顔が明確にあるということも分かった。新しい沼に触れる度に自分の好みを再確認できるのも面白い。

しかし、客層を考えても大衆演劇は末長く楽しめる沼な気がする。月に何度か近所の劇場に見に行く、を老後にも楽しめる状況だったらいいなと願う。

 

ちなみに新しい沼にズブズブと沈みゆくその間にも、ファンタのアリーナツアーを数回見に行ってるし、オードリー、SHINee、TOBEの東京ドームにも行っている。どれも楽しかったんだけど、随時インプットし続けてしまうので多分アウトプットには辿り着けないまま今年が終わるのがすでに見えている。おたくの日々は忙しい。

*1:会場や公演規模によりないこともある。コロナ時期はなかったらしい。

*2:劇団によっては写真撮影も不可

*3:座員間の関係性

*4:K-POPの世界でいうカメコ

*5:川越温泉湯遊ランド

*6:つくば湯~ワールド

*7:劇団は調べりゃすぐに出る

認めたからには。

思うことは沢山あるのだけど、基本的な感覚は逝去後に書いたブログとあまり変わっていない。

あまり変わってない、ということがいいことだとは思っていない。

自分自身の「ある程度はある前提」で見ているということのグロテスクさ、というのを改めて自覚した。

日本での自分の見えている範囲の社会では、対女性に対しての性加害が「ある程度はある前提」になっていて、ある程度は許容してしかるべきという空気感があると感じている。そのことに対して苛立ちを持って暮らしたりしているが、自分自身もそれと同じことをしてきたということを自覚した。自覚したが、その認識を変えるのが難しいのも分かった。バイアスを取ることは本当に難しい。

その気持ちと共に、ただ整理のできない気持ち悪さがある。

個人の問題、企業としての問題、業界としての問題、少なくとも3つのレイヤーがあると思うけれど、誰もレイヤーを整理することなく、それぞれの立場から問題を提議したり、謝罪をしたり、それぞれの立場における核心をずらした角度から語られているように見えてしまって気持ちが悪い。

 

正直なところ、社名は手放す方がいいと思っている。会社として元代表の行為を認めたのならば、その個人名を冠した社名に固執することは気持ちが悪い。勿論ある程度の人たちはジャニーズと呼び続ける。でも一定期間過ぎたらメディア上は一気に社名を変えて呼ぶだろう。グループ名についても、社名を手放すならやっぱりグループ名も手放した方がいい。関ジャニ∞も、ジャニーズWESTもこれを機に改名、それをネタにしていくくらいのやり方を選択するいいんじゃないかと思う。関ジャニ∞から関ジャーニー∞、ジャニーズWESTからジャーニーズWESTにして、JOURNEYですが何か?くらいでもいい。改名も勿論賛否が出るだろうが、頑なに名前を背負っていく方が腫れ物になる。社名およびグループ名に個人名(ファーストネーム)を使用するというのはリスクが大きいことだとしみじみ思う。そこが良かったのも確かだけど。

 

ただ彼らのことはタレントではなくアイドルでアーティストとして見ているので、別に今後数年地上波でCMをやらなくても各種広告に起用されなくてもドラマに出なくてもバラエティーに出なくても構わない。もちろんCMもドラマもバラエティーもありがたく見てきたけれど、楽曲を制作し、コンサートなり舞台なりのステージで活動をしてくれる方が断然大事だと思っている。沢山の楽曲と、人材を含めたステージの財産を守ってほしい。そのために直接集金の形式を増やす必要があるならそれでいい。有料の独自媒体をもつのもいいだろうと思う。すでに宝塚はCSで専門チャンネルを持っており、LDHはCLというサブスクの独自媒体を持っている。これまで限りなく少なかった直接集金の比率をあげていくことで続けられるのであればそれを望む。これまで絶対に売らなかったランダムグッズを導入してもいい。ファンに対し良心的だった部分を手放してでもステージは守ってほしい。

 

誰かのせいでこうなった、とかではなく、いつかはこうなった。こうならないように作ってきた企業ではなかったから。きっと業界自体こうならないように作られてきた業界ではない。中古車業界もそうだけれど、「ある程度はある前提」となっていたものも気がつけば度を越えた状態になっていて、業界の常識では許されなくなる時がくる。

いろんな欲があり、個人的な動物的な欲や、社会的なステイタスを求める欲、それぞれの欲が強くなければ他者との競争の中で勝ち残れないのかもしれないが、強過ぎればやはり破綻するんだろう。

 

どこで誰がどう傷つくかを考え続けるのは難しいが、どのような場面においても、どんな立場からであっても、他人が壊していい人生なんてない。それだけは間違いがないこと。

 

いろいろな沼地に足を突っ込んでいる身として、どの沼地においても足元に何が埋まっているのか、自分が何を踏んでいるのか考えなきゃいけない。そんなこと言ってたら何も楽しめなくなるかもしれないけれど、気がつくことで少しでも足元の状態を変えていけるならその方がいい。

こんなのきれいごとなのは分かっているが、きれいごとを前提にして考えていかなければ良い方向に向かうことはない。そう思いながら、毎日いろいろな沼地をチャプチャプと楽しむ。